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町名の由来

薬師町(やくしちょう)
昭和30年に市の大字であった薬師のほぼ全域と、北島と橋羽の一部を組み入れて発足した町。

町域の北端を国道152号線が、南部を旧東海道である今の県道中野町子安線が通り、東を国道1号線が走っている。

江戸時代の長上郡薬師村で、地域の一角に薬師如来を安置する薬師堂があったところから村の名となった。

東井伊場一丁目の岡部家蔵の『国領組諸色覚帳』によると、享保4年(1719年)の村高は142石、家数27、人数180とみえている。

薬師堂は国道152号線から南に100mほど入った場所にあるが、そのお堂の前に薬師村の庄屋粂次郎(くめじろう)を供養するために建立された青い天竜石の碑がある。表面には「南無阿弥陀仏」の六文字しか刻まれていないが、伝えによると粂次郎は庄屋として村内の田園に水を引き入れるために奔走した結果、水争い事件を起こした主謀者として捕らえられ、打ち首になったため、村民達が当局の眼をのがれるため、密かに供養のために建てたものといわれている。