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町名の由来

篠ヶ瀬町(ささがせちょう)
市の大字であった篠ヶ瀬の全域と、橋羽の一部が合わさって昭和30年に篠ヶ瀬町となった。江戸時代の古文書の中には「笹箇瀬(ささがせ)」と書かれたものもあるが、村名としては笹ヶ瀬の文字が使われており、『元禄高帳』には「笹ヶ瀬村 高三百九拾九石九斗」とみえている。

その笹ヶ瀬村が近隣諸村と一緒になって橋田村となった頃から篠ヶ瀬の文字が使われるようになった。笹が篠にかわったものだが、ある期間は両方の文字が使われていた。

和田村になってからは篠の字に統一されたようである。しかし、それ以前につけられた固有名詞についてはあらためられず、例えば同町の増福寺に蔵されている隕石は、「笹ヶ瀬隕石」として今も江戸期の旧村名の文字がそのまま用いられており、浜松市の文化財の指定をうけている。

笹ヶ瀬という地名の由来は、かつてこの辺りが天竜川の瀬であった頃、一面に笹が生えていたところから付けられたと言われている。